「夕方らせん」(単行本)

「夕方らせん」(単行本)
1996.2.15 新潮社
はじめての物語集。静かに明るく、ちょっと不思議で奇妙な現実世界。16篇。

あとがき

私は家に帰り、コートをぬいだ。
おサイフやハンカチなどをポケットから出そうとしてゴソゴソポケットをさぐると、いくつもの紙のかけらが指にふれた。カサカサするそれらを取り出すと、私が時々書とめていたメモや物語のはじまりや切れはしだった。
私はまっ暗な部屋の雪あかりのテーブルにそれらを並べた。
そのひとつひとつがくっきりと確実に、ある気分を内に秘めていた。そうか、今の私はぼんやりとしてて、覚えてることも少なく、昔のこともよく思い出せないけど、この紙を見るとはっきりとこの時の気持ちを思い出せる。そうか、そうか。
私は紙に、ペンで書く。黒い線が曲がったり切れたりして、それは文字になり、意味をもち、文章になり、長く続き、雰囲気や感情を作りあげる。おぼつかなくも確かに、私か誰かのある時のある気持ちが立体的な形になっている。それは、何か、力を持っているだろうか。愛情が伝わっているだろうか。